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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)698号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人片野真猛の上告理由一点について。

論旨は、本件で問題の浦和区裁判所において成立した調停の調停条項二項は、昭和一〇年一〇月三一日に上告人と被上告人前主との間に成立した賃貸借の継続を定めたもので、新賃貸借を約したものではなく、しかも上告人は調停以前から前賃貸借に基き地上に工場を所有していたのであるから、右調停上の合意は原審認定のような一時使用の賃貸借契約ではないと主張する。

しかし、被上告人が昭和一三年頃川口市において都市計画実施のため先代当時から味噌、醤油、薪炭類の販売業を営んで来た自己の住宅兼店舗から立退きを求められ、その移転先を物色していたところ、訴外嶋崎治平より右建物から程遠くない場所にある同人所有の本件宅地(当時は一二二坪四四)に上告人所有の工場が存在しているが、同年一一月末には同人において明渡す約定になつているといわれ、その証書まで見せられたので、被上告人は適当な移転先として右宅地を買受けたこと、ところが右明渡期限が来ても上告人は容易に宅地の明渡をしようとはせず、一方被上告人は川口市から再三立退を求められて困惑した結果、上告人を相手方として浦和区裁判所に右土地明渡の調停申立をなしたこと、同裁判所調停委員会において調停を試みた結果、上告人は被上告人の差当りの移転先として上告人所有の倉庫を改造して被上告人に暫時賃貸すること、被上告人は後記の期間経過後被上告人において、土地使用の必要があるため期限が来たら無条件に土地の明渡を履行して貰えることを期待し、これを上告人に納得させた上、ここに改めて被上告人から上告人に本件宅地を爾後七ケ年間だけ賃貸する趣旨の調停が成立するに至つたことは原判決(引用の第一審判決)において適法に確定した事実である。しかして、右原判決の判文に徴すれば、被上告人は上告人の借地権を認めずその明渡を要求し、上告人はこれを争う調停事件において、互に譲歩して改めて賃借権を設定し、その間に存する争を止めることを約したものであつて、しかもその新たに設定した賃貸借については、被上告人の土地使用の必要性を明示して、これを上告人に諒解せしめ、特に賃貸期間を七年に限定した旨の事実を認定したものであることが窺われるから、このような賃貸借は、借地法九条の所謂一時使用のため借地権を設定したことの明な場合に該当するものと解するを相当とする。そして本件のような場合においては、その土地に既に工場の存する一事を以て右一時使用賃貸借の成立を妨ぐる理由となすことはできないものと解すべく、されば此点に関する原審の判断は結局正当に帰し、所論は理由がない。

同二点について。

一点に述ベたとおり、一時使用の賃貸借と認めた原審の判断は正当であるから、借地法一一条を適用する余地はなく、所論は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主丈のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

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